爆勝(笑)☆大学受験奮闘記

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「算数・数学」 ブログネーム.かねなし和也

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皆さんは、算数・数学についてどう思いますか?
好きでしょうか?嫌いでしょうか?
(by-かねなし和也)

【第1247回】

かねなし和也のプロフィール


 好きだし得意、苦手だけど好き、嫌いだし苦手とかいろいろ出てくると思います。
 私事になるのですが、そもそも私が数学の道、と言うよりは理系に進んだ一番の理由は、中学の技術家庭の授業で、ラジオとかインターホンを作ってからでした。いろいろな回路ハンダごてでつないだりするうちに、回路の成り立ちに興味をもち、秋葉に行って(今は、別世界になっていますが)、パーツを買っていろいろなものを作ったりし、高校に入り、数学・物理と出会い、さらに、渡辺次男(なべつぐ)という新宿セミナー(現在は、芸術・看護系予備校)という予備校の数学講師に出会いました。
(予備校講師にも憧れ、1回は経験もさせてもらいました)。生徒とのユーモアを交えた対話、細やかな配慮と教育理念が感じられ、この先生のおかげで数学がすっかり楽しくなったものです。

ノーベル物理学賞をとった小柴昌俊先生はこう言ってます。


 「子供たちは教科が好きだから先生を好きになるのでなく、先生が好きだからこそ、その先生が教えているその教科を好きになるんですよ。その年代に好きな教師と出会うこと、その教師がその科目を好きで教えることが、子供たちに数学や物理を好きにならせる秘訣です」と。確かに、たくさん知識があって、たくさん論文を書いていて、偉い学者であっても、いい教師であるとは限りません。高校、大学や予備校にも、黒板にノートを写し、ぶつぶつしゃべるだけの、黒板とお友達の先生もたくさんいます。私がいた予備校でも、物理の講師で東大東工大出身の先生とかも来て教えていましたが、はっきり行って、高校まで落ちこぼれで、そこから難関大学に行ったのならともかく、開成高校麻布高校みたいな超進学校から難関大学に行った人には、できない人の気持ち、つまり、何がわからないのかがわからないのではないかと思います。もちろん、例外の人もいますが。ちなみに、私がいた予備校でも、そういった東大や東工大出身の先生はになりました。生徒に受け入れられなければ、即です。それが、予備校です。

 算数・数学は、なかなか解けない問題でも、
 見方を変えたり、工夫したりすると展望が開けてくる点がおもしろいですよね。
 答えは一つでも、正解への道筋はたくさんあります。例えば台形の面積も、公式を導く方法は何通りもあって、ルートが違ってもたどり着くところは同じ。問題が解けた時の喜びも格別です。
 知識を持っているかどうかで決まってしまう社会や国語に比べると、算数・数学は、“財産”がなくても、大きなことができるようなものですね。
 例えていうなら、数学は高層ビルに近い構造だと思います。途中の一階部分でも抜けたら全体は崩れてしまいます。一方、文学はたくさんの平屋が並んでいるような構造です。
 文学を平屋建てとすれば、数学は高層ビル。どこからでも入れる平屋とは違い、基礎と各階の積み重ねでできている高層ビルは、一階でも抜くと崩れてしまいます
 だから、数学が分からなくなったら、分からなくなった段階まで戻ることが必要です。
 数学嫌いは、できないから嫌いになり、嫌いだから勉強しなくなるという悪循環から起こると思います。そこから脱するためには(論理的思考力を養う)、パズルやテレビでやっている平成教育委員会の問題、川島教授監修の「もっと脳を鍛える大人のDSトレーニング」などを利用してもいいかもしれません。
 ただ、点数はともかく、算数・数学をやるにあたっては、まずは一貫して好きになることが大事です。
 あきらめずに、ずーっとやっていると、わかってくることがあると思います。これは数学に限らず、どんな学問でも、スポーツでも、芸術にだって同じことが言えるのかもしれませんが、
 あきらめずに好きでずっと取り組んでいれば、ある時、パッとできるようになることがあるのではないでしょうか。
 未知のものは既知のものに帰着して考える
 つまり、難しいものは必ず易くしてから解く、逆転して考えてみる(面の外側からでなく、内側から考える)。見方を変えてみることが大切だと思います。
 算数・数学にかぎらず、身につけようとしたものが複雑なものであった場合には、そのまま挑戦しても思うような効果は得られません。しかし、複雑なものを1つ1つ分解し、パーツごとに練習したり、訓練するようにすれば、簡単にできると思います。その後、分解したものを組み立てればよいのです。挑戦してみて、それでもうまくいかない場合には、
 もう一度原点に戻り、組み立てからやりなおして再挑戦していくという手法は、物事を学ぶときには、大切だと思います。

 「不思議だな~」「なぜ?」「条件を変えたらどうなる?」というふうに、問題を探したり、不思議に感じたり、好奇心を持つことは、自然科学を勉強する上ではすごく重要なことだと思います。
 実は、そこが学校の数学教育には欠けているようにも思います。難問を早く正確に解ける人間が優秀だという教育は間違いだと思います。 

ちなみに、私の将来の夢は、ノーベル物理学賞を受賞した、小柴昌俊先生のニュートリノのような、高度で抽象的な理論を、小中学生、高校生にも分かるように解説することです。
 難しいことを難しく解説するのは、教授にまかせておけばいいと思います。
 もっというと、以前、ブログに書いたタイムマシンなどのようなSFを始め、映画、音楽、文学など、あらゆる現代文明や日常の生活を支えている数学・物理の理論を、具体例で説明する、抽象的だといわれる数学・物理を、目で見て分かるように表現できたらいいなあと思います。
すごく難しいけれど、
 子供達が科学の道に興味を持つ手助けができたらいいなあと思います。
 
 よく、算数・数学は社会に出て役に立つのでしょうかと聞かれます。
 算数・数学の魅力は、真実を探すことともいえると思います。
 算数・数学の“真実”は、100年、1000年経っても真実であり続けます。紀元前に作られたピタゴラスの定理だって、歴史や風土、人の価値観や宗教観に拠らず、21世紀の現代でも“真実”です。 1度打ち立てられた真実は、宇宙が続く限り不変だと思います。
 ただ、その“真実”は無色透明で抽象的、目には見えませんから、「役に立たない」、「要らない」という人がいるのも事実です。
 しかし、それは間違いです。数学の真実は、実際に世の中の日常生活や現代文明のほとんど全てのものに役立っているんです。
  たとえば、クレジットカードや世界中の金融機関のシステムを支えている暗号の理論には、中学の数学で習う素因数分解の理論が応用されています。 MRI(核磁気共鳴画像法)も三角関数の応用だし、カーナビは図形の応用だし、傷ついたCDでも新品同様の音が出るのは代数学の応用なんです。天気予報が当たるようになったのも、ヒトゲノムの解析が進んだのも、数学のおかげです。音楽にも、医学、文学、スポーツにも、日常生活のあらゆるところに数学は使われていることがわかります。さらには,マンホールのふたはなぜ丸いのか=ふたが外れても落ちないから。またルーローの三角形を使った技術(直径の幅が常に同じ)はマツダロータリーエンジンに応用されていることなど、数えるときりがないです。

 最近、見た新聞に、理系の大学生の問題解決能力が下がっていると出ていました。たいていの教授達の頭が固いので、いかに難しい理論を勉強すべきだと考えている学生も多いみたいです。将来的にその教授の研究を発展させることができる、非常に優秀な学生にとってはそれでいいのでしょうが、大多数の学生は、卒業後に普通に就職します。大学に入った頃に初等的な問題ならかなり解けるはずだった彼らは、理論ばかりの授業を受けて、問題解決能力が著しく低下してしまったのだと思います。
 これらの学生は社会に出て、大学で学んだ高等数学の理論をいかすところがないのは言うまでもないです。また入学当時に持っていた問題解決能力まで失ってしまったとすれば、大学に通ったことはむしろマイナスになったと言っても過言ではないでしょうか。もし、予備校数学の根本である、
 問題解決能力を維持させる授業をやるような先生が多くなれば、例えば、ゲームや手品を使った問題を出すような先生がいれば、だいぶ変わってくるのではないかと思います。

今、思い返してみると、数学のできる人は(数学が好きな人と同義ではないけれど)
 人の話をちゃんと聞いて、演繹なり帰納なり結論をだしてくれるので話していて楽しいし、
 何事につけ、ゲーム感覚で取り組んで最後までやり遂げる傾向にあるような気さえします。
 得意な人とそうでない人の間の違いは、気になりませんが、好き という人とそうでない人の違いは、
 「物事に対してとりあえず食いついてみるかどうか」に表れる気がします。数学好きは何事もとりあえずまず食いついてみる。やっぱりダメかと思いつつ何度も反芻してしまう。数学嫌いを公言している人は、不得手な物事や面倒事をきれいにスルーするのが得意な人が多いと思います。
 数学好きの人は、一つの答えを出すにもいろんな検算方法を使い、どこから計算してもピタッと答えが一致するまでは何時間でも合うまで取り組みます。
 
 算数・数学は好き嫌いが大きく分かれる教科です。しかし少なくともゲームが好きな人なら数学が好きになれると思います。なぜなら数学にはゲームの要素があり、しかも深さ、広さ、美しさを備えているからです。

1週間後には、いよいよセンター試験です。皆さんも、せっかくのこの機会に、算数でも数学でもいいですから、ふれてみてはいかがでしょうか?老化防止にもなるそうですよ~。





(その他のブログでも「教育の現場」を覗いて見て下さい♪)




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