爆勝(笑)☆大学受験奮闘記

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「CM見ました?」 ブログネーム.茶々丸

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『時』に関することわざや格言も多く見られますね。
受験生の皆さんも時間を大切に使いましょう♪

【第1042回】

茶々丸のプロフィール


CM見ました?
SEIKOの「一秒の言葉」ってやつです。
見てない人は「You Tube」にアップされているので見てみると良いです。
何でSEIKOかと言うと、
なんと今日は『時の記念日』です!!

どうでもいいかもしれませんが…(~_~;)

時の記念日は1920年(大正9年)、東京天文台と生活改善同盟が
「時間を守り、欧米並みに生活の改善・合理化を図ろう!」
ということで制定されたそうです。

ちなみに何で6月10日か?

それは、「日本書記」
天智天皇10(西暦671)年4月25日(新暦6月10日)の項に、
漏刻を新しき台に置く。始めて候時を打つ。鐘鼓を動す。
とあることからだそうです。

※「漏刻」とは水時計のこと

もっとも、日本書紀によれば漏刻は実は斉明天皇6年5月に
皇太子(天智天皇,当時は中大兄皇子)の命により
既に設置されていたようですが、その日付が不明であるため、
日付の明確な天智天皇10年の方が採用されたそうです。

大雑把な目安しか提供できない日時計に比べて
水時計はどうしても精密な時刻を測ることができるものとして
重用されましたが、その発明は古く、BC16世紀には
エジプトで既に使用されていた記録が残っているようです。
エジプト人凄い!!

天智天皇の時代にこの水時計の管理をしていたのは
陰陽寮の漏刻博士たちで、二人で交替で水の量をチェックして
鐘や太鼓で時報を鳴らしていたようですが、この役目、超重要で、
居眠りしたり遅刻した場合の罰は出勤停止や罷免など、
たいへん厳しいものであったようです。

たまに誤解があるのですが、
当時使用されていた時刻は現在私たちが使用しているような、
夏でも冬でも一定の時を刻む定時法です。

時代劇などで登場する、日出と日没の間を等分した不定時法は、
戦国時代の混乱で定時法が運営できなくなった時に
代用システムとして登場したものです。

江戸時代は、
時報の鐘を鳴らす役の人は機械仕掛けの正確な時計に、
わざわざ不定時法用の文字盤を取り付けて、
それを見ながら鐘を打つという、超適当!!
なんか正確さを求められる現代からは考えられないことをやってます。

今、日本標準子午線は「兵庫県明石市」ですが、
今は科学の発達でどこにいても正確な時間が分かるようになっています。
そのおかげで、時間に追われている人が多いようです・・・。

昔と今どっちが良いんでしょうか?






(その他のブログでも「教育の現場」を覗いて見て下さい♪)




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