爆勝(笑)☆大学受験奮闘記

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「イチロー」 ブログネーム.かねなし和也

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イチローというと、皆さんは最近行なわれた
WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)を
まず思い浮かべるんではないでしょうか?
(by-かねなし和也)

【第1342回】

かねなし和也のプロフィール


  野球の世界一決定戦・WBC決勝戦日本代表は韓国代表に延長戦の末、5-3で勝利し、2大会連続の優勝となりました。
 
 試合後のインタビューで
原辰徳監督は「みんなすごいでねー! すごい侍たちが揃って世界の強者と戦って、とうとう勝利したのは価値がありまね」
 「目的はこの優勝)ひとつだった。一日一日チームがまとまっていき、本当に進化していきました」と大会を総括。
 そして、「日本の国にとっても良かった」とも語っていました。
 
また、日本プロ野球最多安打の前記録保持者の張本勲氏(68)が19日、TBS系「サンデーモーニング」(日曜前8・0~)のレギュラーコーナーに生出演、16日(日本時間17日)に日米通算3086安打を放ち、記録を更新したマリナーズ・イチロー外野手(35)を改めて称賛しました。
 同番組内のスポーツコーナー「週刊御意見番」の冒頭から、張本氏がイチロー選手の新記録達成を見届けるためにマリナーズの本拠地であるシアトル・セーフコフィールドを訪れたVTRが流され、張本氏は「(大リーグに移籍せず、日本にいたとしても)いずれ抜かれると思っていました」と語り、「(新記録達成が)こんなに早いとは思ってなかった。病気上がりで4、5試合はかかると思っていた。おまけに満塁ホームランとはね」とイチローの復帰2戦目での記録達成を称えました。
 さらに張本氏は「家庭がしっかりしているから」とイチローの妻であり元TBSアナウンサーの弓子さん(43)にも「あっぱれ」とも
 
 さらにコーナーのアシスタントが同番組の“名物”である立体模型を使い張本氏とイチローの記録を比較。
 張本氏は司会の関口宏(65)に「(通算安打4256本の世界記録を持つ)ピート・ローズには届くか?」と問われると
 「難しいと思う」としながらも「今まで信じられないことをやってきた男だから4000(本)は行くと思う」と今後の更なる飛躍を予想していました。
 
イチロー(本名:鈴木一朗〈すずきいちろう〉、19731022 - )は、シアトル・マリナーズに所属するプロ野球選手。ポジションは外野手(主に右翼手)。血液型B型。
選抜高等学校野球大会に投手として出場。1回戦敗退(対松商学園戦)。
1992年、愛知工業大学名電高等学校(愛工大名電)から
ドラフト4オリックス・ブルーウェーブに入団。ジュニアオールスターゲームで最優秀選手賞(100万円)を獲得。
1994年、登録名を「イチロー」に変更。日本プロ野球史上初のシーズン200安打を達成、最終的に210安打を記録。パ・リーグの首位打者を獲得。以降、2000年まで7年連続でパ・リーグの首位打者を獲得する。
2000年、ポスティングシステムを利用し、メジャーリーグのシアトル・マリナーズへ移籍、現在に至る。
 
 日本プロ野球とメジャーリーグのシーズン最多安打記録を保持しており、驚異的にヒットを量産することから「安打製造機」と称されていました。
 イチローのバッティングスタイルは、変化球を打ちにいき、直球を“詰まりながら”内野と外野に落と、あえて相手投手の決め球を狙って打ちにいくらしく、
 アメリカのメディアに
 走りながら打っている」、「走りながら打つ忙しい選手」などと言われていそうです。それは、左打者でスイングから走り始めるまでの一連の動作が速い分、一塁への到達時間が短く、バッティングフォームが「打った直後、すでに右足が一塁を向いている」ためでそのため、俊足と相まって他の選手ならばアウトになるようなボテボテの内野ゴロが安打になることが多いそうです
 日本時代は全安打の約16%、メジャーでは全安打の約22%を内野安打が占め(2008年シーズン終了時点)、内野安打の多さは突出しています。さらにこのような内野安打は「狙って打っている」と語っていてイチローの高打率は、内野安打を打つ技術に裏打ちされています
 
アメリカの野球専門誌『ベースボール・アメリカ』に掲載された大リーグ30球団の監督による「Best Tools」投票で、
 イチロー2003年に「ベスト・ヒッター」「ベスト・バンター
    ベスト・ベースランナー」「最速ベースランナー       
  守備部門ベスト外野手」「ベスト強肩外野手
最もエキサイティングな選手」の7部門でトップに輝いたそうです
 また、「アメリカで最も感動を与えてくれるアジアのスポーツスター」のランキングでも、姚明(NBAヒューストン・ロケッツ)や野茂英雄らを抑えてイチロー1位に選出されました
 米国の野球ファンの間でもイチローの評価は高く、「メジャーで最高の選手」と評価する声もあります
 地元シアトルで非常に人気が高く、熱心なマリナーズファンのみならず、現地の子供達の間でも、スーパースター的な位置づけを受けています
 
 小泉純一郎元首相は、2004年のシーズン最多安打記録樹立の際、「もうすごいの一語に尽きるね。これだけの偉大な選手はもう当分出ないんじゃないかな。
 天賦の才能に加えて、人一倍の努力。偉大だね。
 どんな称賛の言葉を言っても、言い過ぎることはない」と褒め称え
 また、天皇陛下は、2001年の記者会見で、「イチロー選手を始めとする日本人選手の米国大リーグでの活躍はうれしいことでした」と述べられ、2004年の記者会見では、「イチロー選手の大リーグで成し遂げた大きな成果も心に残ることでした」と述べられています2009WBC後は野球界のみならず政界などの各方面からもイチローを賞賛するコメントが発せられ
 民主党の小沢一郎代表は、代表続投会見の中で「同じ名前ですが、イチロー選手のような役割を自分が果たせたらこの上ない喜びと思っておりますが、今後そういう役割ができるように頑張ってまいりたいと思っております」と語りました(最近、問題がありましたが)
 
各種メディアでの調査等でも、イチローの高い人気が証明されており、
「最も好きなスポーツ選手」「理想の社長」「好感が持てるアスリート」「世界に誇れる日本人」、とくに「世界で活躍する日本人アスリート」のランキングでは2位以下に圧倒的な差をつけて1位になっています。
 
 WBC決勝戦、3-3で迎えた10回表に決勝打を放ち試合を決めたイチローは、これまで険しい表情が多かったですが、今回は笑顔で「ありがとうございます!」とインタビューアーの質問に答え、WBC前半の不調を振り返ったのか、
苦しいところから始まって苦しさが辛さになり、心に痛みが来て、最終的に皆で笑顔になれました。日本のファンの人たちに笑顔を届けられて最高です!」と大会を振り返りました。
 そして、最後の最後で決勝打を打てたことについては「神が降りてきました」と表現し、試合後に国旗を持って球場を一周したことについては「ほぼイキかけました」とジョークを交えました。
 
いつも前向きで弱音を吐くようなタイプではないイチローの発言に、なんだか励まされたというか、勇気付けてもらったというか…         
もの凄く心に響きました。
 
イチローみたいな
天才的な非凡な人であっても、辛い事、苦しい事を乗り越えて、人一倍、努力してるんだなあって…
 
  確かに、そういう面を滅多に見せない人が言うことって
                   すごく説得力がありますよね。
 
   いやぁ~   
       本当にスポーツっていいもんですね~





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『 チェルシー vs リバプール 』 ブログネーム.出世城のみかん娘

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みなさん、こんにちは。新生活にはもう慣れましたか?
昼間は本当に暖かい・・・
というより、もう暑い(; ̄д ̄)!!!と思う日もありますが、
まだまだ朝晩は冷え込みますので体調には十分気をつけてくださいね。
(by-出世城のみかん娘)

【第1338回】

出世城のみかん娘のプロフィール

 
 先日、久しぶりに友人たちとスポーツカフェに出かけました。チャンピオンズリーグの準々決勝、『チェルシーvsリバプール』を観戦するためです。試合は4-4の引き分けに終わりました。こんなに点数が入る試合は、サッカーでは少ないのでかなり面白くて、深夜(というよりもむしろ早朝)でしたが、相当盛り上がってしまいましたO(≧∇≦)O。

 この対戦は現地時間の4月14日に行われました。当初の予定では翌日の15日に行われるはずだったのですが、対戦カードが決まった際に、リバプールの強い希望により14日のカードと15日のカードが入れ替えられたのです。

 これにより、リバプールは1日早く試合を行うことになりました。11日にもリーグ戦を戦っているので、本来ならば1日でもしっかり休みたいはず・・・。それなのに、なぜあえて日をずらしたのかというと、「4月15日」はリバプールにとって忘れ難い日なのです。

 今から20年前の4月15日・・・

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「妥協したくないもの」 ブログネーム.山椒のひとり言

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皆さんは『妥協したくないもの』がありますか?

【第1324回】

山椒のひとり言のプロフィール


WBC日本代表、連覇おめでとうございます!

春休み中なので、

リアルタイムで観戦していた方も多いのではないでしょうか。


日本代表のチームリーダーであるイチロー。

なかなか結果が出ず、

戦犯だ」とか言われてもいましたが、

決勝戦の延長10回、あの場面でタイムリーを打てるのは、

本当のスターだな、と実感しました。


そんな彼の名言の中から、1つ。

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「大田君」 ブログネーム.山椒のひとり言

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これからの活躍が楽しみですね☆

【第1189回】

山椒のひとり言のプロフィール



みなさんこんにちはーorこんばんはー
いつもいつも山椒の独り言を読んでくださりありがとうございます。

また、先月号(10月07日火曜日サイトアップの三角比ブログ)では
いろんな方から問い合わせをいただきました。
ありがとうございます。

「役に立った。もっと教えて!他の単元も教えて!」等々、
お電話までくださった方、本当にありがとうございます。
わたしもツイツイやる気が出てきます!
ファンの方のためにも今後も酒井センセーシリーズは続けますね。


さて、今日は11月01日。東京からは今日、木枯らし1号の便りが届きました。
寒がりの私は、いつ炬燵をだそうか早速思案しちゃいます。
全国のみなさんは体調いかがですか~ 英語でいえばGood day?ですよね~


さて×2
今月のお題「大田君」です。
先日プロ野球ドラフト会議で見事意中の球団に指名受けた有名選手です。

私は、自慢ですが野球のルールを殆ど知りません。
でも、球団名知ってるし、甲子園のTVは時間作っても見ちゃうタイプです。

今年は、私の地元からは名門横浜高校が出場して好成績を残しました。

TVで一生懸命応援しましたが、
残念ながら決勝に進むことは出来ませんでしたが、
高校生のはつらつとしたプレーに何度も胸を打たされて、
ポロっと涙がでます。

夏の暑いさなかにきちんとユニフォームを着た高校生が
汗だくで試合をする姿はこの世知辛い世の中にあって、
本当に感動モノです。


大田君(本名おおたたいし)は新聞の記事によれば、
188cmで90Kgの体格を生かし
たくさんのホームランを打ったそうですが、
おおきなカラダだけど、50mを6秒で走り、遠投115mだそうです。

彼の努力と原巨人監督の運も重なり、
幼いころからの夢がかなって満面の笑みをこぼしてました。
「大田君おめでとう!!!ホント良かったね!!!」


今回のブログで彼を取り上げた理由は、実は別のところにありました。
清原選手の引退なんです。

清原選手(清原さん)は過去1位指名確約とまで言われた巨人に
ドタキャンをもらい、当時社会問題にまで発展しました。

江川卓さんの巨人入りで巨人ファンが減少したとまで言われ、
清原さんのこともあり、今回の大田君はどうなるのかと疑心していました。

私の不安は一掃され、
今回の指名は大勢の方々が喜んでいると聞いています。


プロという職業に入っていく覚悟はあっても年齢は18歳。
現役高校3年生です。

精神の成長がこれからまだまだ続く年齢です。
プロ野球のドラフトはいろんなドラマを生んできましたが、
これからの世の中をしょって行く若者に
大人の捨て駒みたいに扱われることは二度とあってほしくありません。


いよいよ明日から、西武-巨人の日本シリーズが始まります。

王監督が引退し、桑田・清原のKKコンビが
選手活動から身を引いた今年のプロ野球。

きっと、不景気を吹き飛ばしてくれる
熱きバトルが繰り広げられることでしょう。

夜のNEWSでの結果確認になりますが、
西武・巨人の選手、関係者の皆さん、
怪我に十分留意しあって、よい試合を楽しんでください。


っあ!受講生の皆さん!
風邪をひかず、学校・私生活を送って下さいね。
勉強は楽しんで進めてくださいね!


では12月でお会いしましょう!!
次回は古文について書く予定です!
ではでは





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「北京オリンピック 4×100mリレー」 ブログネーム.かねなし和也

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北京オリンピックの興奮がいまだ冷めやらぬ中、
活躍した選手の感動のエピソードも数多く紹介されていますね♪
かねなしさんからは、4×100mリレーについて!!

【第1127回】

かねなし和也のプロフィール




 
 
今回は北京オリンピックが終わったばかりという事で、北京オリンピックに関してです。
 
日本は、五輪トラック種目男子4×100mリレー銅メダルを取りました。
 
日本得意のバトン渡しがさえたほか、最後まで伸びのある走りをみせ、日本短距離界の彼岸であるメダルでした。
 
五輪トラック種目では、1928年アムステルダム大会女子800mの銀メダル以来80年ぶりの、男子では初めてのメダルだそうです。バトン渡しで、米国、ナイジェリア、ポーランド、南アフリカが、オーバーゾーンの違反で、英国、イタリアが失格しましたが、結局、日本チームのメンバーがミスをせずいい仕事をしたということ。
 
棚ぼたかもしれないですが、バトン渡しがリレーの中で一番重要で、それをしっかり練習してきたからこそ銅メダルがあり、努力してない棚ぼたではないという事です。
 
各走者間で無駄を省いて走る技術、日本は世界のトップ級だという自負。決して棚ぼたではないです。リレーでのバトン渡しバトン制限ラインなども重要な要素の内。個々の記録が高くても、バトンでミスすれば、それでジ・エンド
 
バトンの受け渡しの練習をコツコツ努力し続けた成果が出ました。確かに米国をはじめ有力チームが失格して、恵まれた事は確かですけど、ずっと、短距離が世界にまったく通用しなかった時代から、
日本の短距離を支えてきた朝原選手神様がご褒美をくれたんだと思います。
 
朝原選手は、「バトンゾーンに入った瞬間だけ、僕らの空間になるんです。
チームワークというのは、僕らが交わす一言一言。ほんとにみんなの思いが詰まったもの。ほんとに陸上をやってきてよかった僕たちはすごく集中もしていて、緊張もして走るんですけど、バトンゾーンのところは冷静でいられるというのは強みだと思います。瞬発力に劣る日本選手がトラック競技でメダルでを取るのは難しいとさえ言われてきました。確かに米国が失格になった他、日本はバトン渡しという技がさえた結果ですが、それだけではないです。全力を尽くした伸びのある走りが続いてこそのメダル獲得であり、ラッキーなこともありましたが、十分世界と戦えることが証明されました。」
 
最後まで諦めないというその姿勢だけでもメダルに値する喜び感動を与えてくれた選手の皆に、心からありがとうと言いたいです。
 
高野監督も「彼らは昨日、今日できたチームじゃない。長い時間かけてできたんです。リレーのメダルは日本陸上界の強化のたまものだ。個人では、世界との差がある。ならばチームで世界に出よう。」
 
98年から高野監督は、日本陸連の短距離部長として代表を指導し始めました。
 
バトンパスオーバーハンドからアンダーハンドに変え、世界的に少数派で、走者が接近するために利得距離は稼げないですが、失敗が少ない。シドニー五輪以降の世界大会は7回連続で決勝に進出しました。
 
「今回は他国のアクシデントがあり、ラッキーな部分もある。長年続けてきて、
天が与えてくれたプレゼント
リレー以外の陸上種目は惨敗が続く中、リレーは僕のひざ元だったので、これが崩れた時は、自分の使命を考えさせられたでしょう。彼らのいいところは、練習で詰まっていてもすぐに修正することができることです。」
 
リレーに、ここまで魂を注入する国は、他にないです。トラック種目で男子初のメダルを取ったのがリレーだったことは、決して偶然ではないです。
 
銅メダルを取った4人のアスリート全員が異口同音に陸上競技の先人達に感謝の言葉を口にしていました。
 
朝原選手は、「夢のようなというか、漫画のストーリーというか、最後の五輪でこんな結果で走れるとは、こんな興奮喜び、もう味わえない。世界を相手に仕事をするのが夢だった。幼い頃のあこがれは通訳ツアーコンダクター世界を飛び回る仕事がしたい。
 
もし結果がついてきてなくても、もう一度こんな舞台に立てて、必死でチーム一丸となって一つのものに向かってこれたプロセス。こういう興奮は、これからなかなか味わえないんじゃないかなと思うので、僕にとっては非常に有意義な一年でした。
 
皆さんも、失敗を恐れず、果敢にチャレンジする気持ちを持ってください」と、言っています。
 
朝原選手こと朝原宣治は、兵庫県出身、同志社大学から大阪ガスへ、奥さんは、大学時代の同級生で、2002年シンクロナイズドスイミングの選手だった奥野史子さんで、バルセロナオリンピックで銅メダル、1994年ローマ世界水泳選手権で銀メダル、バルセロナ五輪迫る1992年に史子さんは代表決定し、朝原選手は代表落ちしました。
 
その後、史子さん銅メダルを取り、引退します。
 
中学時代はハンドボール、高校時代は走り幅跳びの選手で、インターハイ優勝から短距離に移りました。100mに専念し、1999年に、日本人で初めて101台、100の記録、日本記録を3回更新、自己記録は2001年に1002和製カールルイスと言われ、世界陸上6大会、オリンピックはアトランタ、シドニー、アテネ、北京の4大会連続のオリンピック出場は史上最多タイ、世界陸上はアトランタ、アテネ、エドモントン、パリ、大阪の5回出場、大阪世界陸上の後一時辞めようと思ったそうですが、体が動く状態なのに辞めてしまうのは競技者として後悔するという事で、続ける事になったそうです。
 
肉体の維持する秘訣は、ウエートトレーニングで、バーベルを一気に頂上まで持ち上げるスナッチ、軽い重さで回数をこなすのではなく、極限の負荷をかける。大学卒業後、留学先のドイツでやっていたトレーニングで、とりあえず、出力を上げようと試みていたそうです。体が動くのにやめたら後悔するという。30歳を超えてからも10秒10台を連発、30歳が限界といわれる短距離界の常識を覆しました。
 
朝原選手の強さは考え抜く走りです。コーチを持たない彼は、自分の体を実験台に仮説を立て、試行錯誤を繰り返し、究極の省エネ走りを身につけました。
 
一歩先を行く彼女に遅れまいと奮起し、悔しさをバネに陸上に打ち込み、翌年、100mの日本記録を出しました。
 
アスリートはとことんやらないと次に進めないことを誰よりも知っていました。
 
朝原選手は、「最高の舞台で最高に気持ち良かった。言う言葉がないぐらいうれしい。夢のような気持ち。絶対できるという気持ちと揺れ動いていた。メダルをねらえる状態でアンカーを走るという重圧と戦いながら、楽しむのを忘れないでリラックスしていこうと思った。9万人の中で走りたいという気持ちだった。僕が一緒に走ってきたリレーメンバー全てに感謝したい。その積み重ねで出た記録です。ラッキーなこともあったが、十分世界で戦えるいうことが証明された。」
 
高野監督は、最後はチームワークに懸けた。メダルゼロも覚悟していた中で、長く付き合ってきた選手たちが力を合わせて3位に入ってくれた。うれしい。日本人が短距離種目で、しかも五輪で表彰台に上がるのは夢の世界、それがかなってよかった。」
 
史子さんも、「ゴールの瞬間は手が震えて、大泣きしてしまった。とにかく最高の瞬間に立ち会えてほんとにうれしかった。限界をあきらめず、4大会を乗り越えた末の今回のメダルで、頑張りが報われた。」
 
高平選手朝原選手に、言っていました。「じゃないですけど、あの領域に達するのは難しい。僕らからみてすごいと思う存在。息子が父を超えられない感覚。いつまでたってもおやじはおやじという感じ。朝原さんにバトンを渡せば何とかなると思って走ってきた。そのおやじは来年、もういない。自分が何とかする立場で、走る時はもうすぐだ。」
 
朝原選手は、「これまで一緒に走ったリレーメンバーすべてに感謝したいです。ラッキーもあったけど、世界と戦えることも証明できた。後から続く選手を応援したい。リレーのメダルは手にしたが、個人種目のファイナリストは夢のまま。」と。
 
後輩たちは、アンカー朝原選手から大事なバトンを受け取ったようです。
 
いかに楽しくて強くなるかということばかり考える。絶対、そんなものは存在しないわけです。十分なトレーニングをしなければトップにはなれません。トップの選手はトップになるにふさわしいトレーニングをこなしています。単純に量をたくさんこなしているということではないです。質の良いことを効率よく、ムダなくやっている。ムダが多いのはダメ。自分の頭で常に考える事。人の言われるままに動き、人のマネをして動いているうちは、自分自身を向上させることはできません。自分で納得できないものは取り入れません。自分の判断が、間違っている場合もある。すばやく素直に修正する柔軟性も大事。ずっと一人でトレーニングをしてきたために、自分で考えるクセがついています。
 
自分の頭で考えて動く人間であるよう心がけてほしいです。
 
ドイツでは、あらゆることを自分一人で解決しなければならず、精神的に弱くては、とてもやっていけないそうです。自立して暮らし、考えてトレーニングしていくうちに、自然に精神的強さも養われたのかもしれないですね。
 
まさに、素直、継続、感謝ですね。
 
何もしていない所にミラクルは起きない。やはり、頑張っていると神がかり的な力が発揮されますよね。
 
我々オフィスの卒業生にも、神がかり的な力を発揮して、都立高校から現役で千葉大学理学部にいった、去年までチューターをやっていた生徒がいますが、早稲田、中央、立教、東京理科、東邦、日本大学全ての理工系の学部に合格、つまり全勝でした。ただ模試は、千葉大学が一回D判定出た以外は、全てE判定。成績も普通。宿題が多い高校だったので、電話FAXをよく利用していました。今、大学4年生になり、教育実習も今年の春に行き、教員免許にもチャレンジしつつ、8月には東大、千葉大の大学院にも合格しました。大学は全勝、大学院も全勝、まさに、ミラクルです。春からは東大の大学院生です。
 
最後に、9秒台へのポイント
 
体の中心から動き出すイメージ。外国選手の動きからヒントを得た。
スタート直後の頭の位置、軸を作って、地面からもらう力を逃がさないようにする。
加速段階を長くする。前半をリラックスした走りでスピードを落とさないことが終盤の失速を防ぐ。
 
とのことです。








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